【8時15分】”生”に感謝。教育は平和の精神を風化させてはいけない。

教員じだい

こんにちは!OKIHILO(オキヒロ)です。
本日もブログを読んでいただいてありがとうございます。

今回は読書メモです。
以前のはてなブログではビジネス本を中心に書いていましたが、今回は広島の原爆に関する本を読んで考えたことを思考としてまとめていきます。

8時15分(美甘章子)

    1945年8月6日午前8時15分、広島上空でピカドン=原子爆弾が炸裂した。瀕死の重傷を負った父子は、地獄絵さながらの街をさまよい歩く。やがて父を亡くして生き延びた息子は、しかし、怒りと絶望のさなかにも「許す心」を見出し、過去よりも未来を見つめて歩き始める――。(本書説明文引用)

著者は美甘章子さんです。広島出身の方で、大学卒業後はアメリカで心理学を学び、現在まで平和を目指す活動を世界中に発信している方です。
作中では、章子さんの父である進示さんが主人公として描かれています。
爆心から800mで被爆し、重度の火傷の中、父の支えのもと生き延びます。進示は何度も生きることを諦めようとするがそれを許すことはなかった父福一さんの存在。結局、両親、兄弟の死を受け止め、父の教えをもとにこれからの時代を生きる娘たちに未来を託す物語です。

2020年には映画化され、広島県で上映されました。これからは全国的に広がっていくそうです。

被曝者も今を生きている

私は山口県で生まれ育ちました。広島は隣の県で子どもの頃には広島の原爆を学ぶ(平和学習)機会が多かったことを覚えています。特に現在大阪で教員をしている私からするとなおさらそう感じます。地域が違うだけでここまでも学ぶ内容の差があるのだと感じます。大阪では地域がら、部落問題学習が多いです。平和について深く学ぶのは広島と長崎とその近辺の地域の学校だけなのかもしれません。
そのため、私はこの本を読んで原爆について考えたのは、広島での大学講義以来6年ぶりのこととなりました。

私の母方の祖父母はまさに8月6日の広島原爆の被爆者でした。私が祖父母から直接当時の話を聞くことはなかったものの、壮絶な時代を生き抜いたと聞いています。
祖父は被爆圏内で運よく命がつなぎとめたものの、その話を娘である私の母にもしてこなかっというのです。話を出したくないほどのものだったと考えられます。祖母は被爆圏内である比治山の裏側にいたため運良く助かったと聞いています。

75年前のいま、今では考えられないことが日本では繰り広げられていました。75年前ということもあり、その当時のことを語る「語り部」も減ってきているのも現状です。
著者の美甘章子さんは父の発言をもとにこの作品を作りました。特に今年はコロナの影響もあり、原爆について考える機会は必然的に減りました。私は戦争や平和を考えること自体が風化してしまうことを恐れています

平和学習は減らしてはいけない

平和学習で学ぶ内容は地域によって差があると思っています。広島や長崎あたりの学校では平和について深く学ぶ機会が多いと思います。関西の学校は修学旅行に広島や長崎に行って平和学習をするところも多いです。修学旅行の見直しで学習メインの行先になることも多く、少し悲しく感じることもあります。

平和学習そっちのけで要らない授業が多くなっているのも今の現状です。
「平和学習を一回やったから終わり」というものではなく、年に1回は必ず平和について深く考えることが大切なのではないかと思います。教育の地域差はあっていいものの削減してはいけない内容もあるのだと。

核爆弾の被害を唯一受けた日本が、「決して平和の精神を風化させてはいけない」そんな教育はあり続けていいのではないでしょうか

”生”に感謝

惨禍の下で生き抜いた祖父母をはじめとする祖先のおかげで、今私がこうして生きています。そして今、私たちが平和な世の中で生きて入れるということは、戦争が終わったという紛れもない事実が元となっています。
この時代に生まれたことに感謝して、これからの人生を踏み締めていきたいと思います

そんなことを考えさせられる一冊の本でした。

本日もブログを読んでいただいてありがとうございました!次回もお楽しみに。

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